年齢と季節、たとえば夏の訪れた回数は同じですよね。子供のころは、もの心ついてから覚えている夏の回数は数回。
それに比べて大人は何十回も夏の記憶がある。ジュースの濃さとおなじように年齢を重ねるほどに「夏」が薄まってゆく。
夏祭りの雰囲気とか、夏の風のにおいとか、夏休みの思い出とか・・・、子供のころの感受性とも重なって、それは人生の中で一番大きな存在となって、心に住み着いてしまう。・・・
それは音楽を聴くことも同じで、子供のころ、若いころ、聞いた音楽はその場の空気まで封じ込めて脳の海馬に焼きついてゆく。
いわゆる、懐メロがいつの世代でも永遠であるように、人生の歩き始めに聴いた音楽は絶対的な存在となってその人の心を支配してしまう。
私は音楽は夢の世界が一つ現実に近づいた世界だと思うのです。聴くことはできても、触れることはできない。情景を胸に思い浮かべることができても、それをこの目で見ることはできない。
そういう曖昧で、怪しく、儚い存在であるのにもかかわらず、耳に、心に強烈に作用する。
音と音楽が違うのは、楽しいという人間の気持ちや心が音に意図的に関わっているかいないかの違いなんですが、理屈でいくら音楽を追いかけようとしても、何も見えませんよね。
音楽の世界では1+1が無限になったりする摩訶不思議な世界。
音楽ってなんなんでしょうね?・・
オル城はみんなの心にある懐かしい場所というコンセプトで始めました。そういう存在でありたいなあという思いは10年以上たった今でも変わることはありません。